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札幌高等裁判所 昭和24年(新を)121号 判決

控訴人 被告人 渋江房一

弁護人 水戸野百治

検察官 堀口春蔵関与

主文

本件控訴は之を棄却する。

理由

弁護人水戸野百治の控訴趣意は後記のとおりである。

第一点について。

しかしながら仮りに本件白米が所論のような闇物資であつて被害者両名は民法上之が返還請求権を有しないとしても所有権までをも喪うものとは解しがたいから右白米は依然として他人の物で横領罪の目的となり得ることは明らかであるから原審の事実認定ならびに法律の適用には毫末も誤りはない。所論は独自の見解で採用しがたい。

第二点について。

しかしながら所論の如き事情は勿論記録に顕われている本件犯行の諸般の情状についてつぶさに検討を遂げたが原審の被告人に科した懲役四月の実刑を不当なりとする何等の理由もない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り主文の如く判決する。

(裁判長判事 黒田俊一 判事 村上喜夫 判事 三橋弘)

弁護人水戸野百治控訴趣意書

一、原判決は法令の解釈適用を誤つた違法がある。

原審訴訟記録に現れた証拠に依れば被害者たる赤間隆雄及岡キヨと被告人との間の委託契約の目的物は孰れも正規の配給ルートを経さる所謂闇物資たる白米である。従つて被害者両名は該目的物については民法第七百八条の規定に基き原則として返還請求権を有しないことは明であり、この事は目的物たる白米そのものについても、亦白米を売却して得たる対価についても同様に解すべきである。換言すれば法が返還請求権を認めない目的物はも早や「他人の物」ではなく之を無断処分してもその「他人」の法益を侵害したものとはならないのである。

本件に於て受託者たる被告人の占有せる白米売却代金及び白米自体については委託者たる被害者両名に於て返還を請求し得ない物で結局被告人は「他人の物」を占有して居たのではないからそれを領得しても横領罪の構成要件を充足しないものと思料する。殊に被告人の所為を横領罪に問擬するときは反面自ら統制法違反の違法行為に出た被害者両名の利益を法律が保護するの不合理の結果となる。之を要するに原審判決は被告人が自己の占有する「他人の物」を不法に領得したものとして刑法第二百五十二条を適用処断せられたのは法令の解釈適用を誤つたもので被告人は無罪の判決を受くべきに拘らず有罪と認定せられたもので、右の誤りは明に判決に影響を及ぼすべきものであることは論を俟たないところである。

第二、右の主張理由なしとしても刑の量定不当である。

前記第一の趣意については従前の大審院判例並に学説間に異論の存するところで仮に右の主張は理由なしとしても被告人の本件犯行の動機を省みるときは同情すべき余地がある。原審公廷に於ける被告人の供述に依れば被告人は昭和十七年歌志内炭礦に採炭夫として雇われ落盤に依りクルブシの関節を折り現在尚ほ満足の労働を為し得ない状態に在る。ところが家庭は妻の外五人の子供あり長女の手助けに依り辛じて一家を扶養しているに過ぎない。それに加えて次女が怪我をして医薬代の負債に苦しみその支払の為め原審判決第一記載の犯行に出でそれを補填する為めに同第二記載の犯罪を犯すに至つたことは明白である。要するに被告人の本件犯行は全く生活苦のドン底にあえいで居た為めの行為で事情まことに憫諒すべきものがある。勿論被告人は昭和二十二年九月二十七日釧路地方裁判所に於て詐欺罪に依り懲役一年三年間刑の執行を猶予する旨の判決言渡を受け目下その期間中に斯る犯行に出たことは充分責めらるべきも前述の如き本件犯行動機を考ふるときは最少限の責任を問ふを以て足るものと思考する。原審判決が懲役四月に処せられたのは必ずしも刑の量定著しく不当とはしないが前敍犯情を斟酌し最低限度の刑を以て充分であると考える。

以上の理由に依り原審判決は破棄せらるべきものである。

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